重要美術品

清拙正澄墨跡 拈香偈

清拙正澄

作品情報

データ

作者 清拙正澄
時代 鎌倉時代(14世紀)
素材・技法 紙本墨書 一幅
サイズ 25.8×49.5㎝

解説

清拙正澄(大鑑禅師 1274~1339)は、中国福州出身の禅僧で、鎌倉時代末期の嘉暦元年(1326)53歳の時に来朝し、日本禅宗界に、規律厳正な中国の本格的な禅風を伝えた。当時の中国禅宗界の巨匠、月江正印の実弟にあたる関係で、正澄の名は早くから日本にも知られていた。時の執権北条高時に迎えられ、建長寺、浄智寺、円覚寺を経て、京都の建仁寺、南禅寺の住持を勤めた。暦応2年(1339)正月17日、66歳をもって建仁寺の禅居庵で遷化(せんげ)、大鑑禅師と諡された。この墨跡は、正澄が南禅寺在住の時、当時の一先師の追善供養にあたって導師を勤め、その人物の業績を賞揚したものである。「一辨香」とは、一ひらの香の意で、追善の際の拈香(ねんこう)をいう。首句の「仏光室」は円覚寺を指し、第二句の「瑞龍山中」は南禅寺を指すところから、南禅寺第三世の一山一寧(1247~1317)あるいは第二世の規庵祖円(南院国師 1260~1313)の追善であろうと推定される。
(訓読)
此の一辨香
仏光室中枝葉を長じ。
瑞龍山中蔭涼を垂る。
九天の雨露恩沢に飽き。
乃ち大柱大棟梁と成る。
耽々(たんたん)たる楼殿雲〓に聳え。
高堂広厦禅房を羅(めぐ)る。
功成り閑居真寂に入る。
願力固く金剛王に等し。
南禅 比丘 清拙