展覧会

開催中

竹内栖鳳展  コレクションを中心に

2018.12.15|土| - 2019.01.22|火|

概要

Overview

明治以降の近代美術界は、西洋の美術思想や絵画技法の導入と伝統の継承との狭間で揺れ動きました。そのような時代にあって、竹内栖鳳(1864-1942)は、元治元年(1864)に京都で生まれ、18歳で四条派の幸野棋嶺に入門しました。四条派の他、狩野派や土佐派など様々な古画の研究に取り組み、明治33年(1900)37歳でヨーロッパに渡り西洋美術への理解を深め、その後、西洋画法を取り入れた写実表現によって、日本画の新しい道を切り開きました。晩年は後進の指導にも力を注ぎ、橋本関雪や上村松園など多くの有能な画家を育成しました。この度の展観は、伝統に立脚しつつ独自の表現を創造した竹内栖鳳にスポットをあて、その魅力に迫るものです。

展覧会目録はコチラ

◆みどころ

[動物へのまなざし]
栖鳳は当時日本ではなかなか見られなかった珍しいトラやライオンなどから、身近な雀や猫など多くの動物を描きました。栖鳳は兎、猿、家鴨などを自宅で飼ってまで写生をしています。栖鳳の師、幸野棋嶺は「画家にとっての写生帖は武士の帯刀」であると説かれ、写生を奨励しました。栖鳳は師の教えを励行し、動物の生態をよく観察し写生することによって、「けものを描けば、その匂いまで表現できる」と言われるほどいきいきとした生気ある動物画を描き
ました。

雀 … 栖鳳は雀好きで、様々な雀を描き、「その鳴き声まであらわした」と評判でした。栖鳳は「雀を描くことは中々難しい。他の鳥と違ってチュ!と啼く」「画家はやはりそのチュ!を描くことを心掛けねばならない。絵というものは矢張り単なる写実では到底満足できないものだろうと思う」と言って、雀を描き続けました。

翠竹野雀 昭和8 – 9年(1933 – 34)頃

魚 …「 新鮮な魚の色は本当に美しい。見れば見るほど美しい。吾々はよくそうした新鮮な魚を市場で見て、美しい色だと思う。陸の花よりも美しい」と言って、栖鳳は鯛、鯖、鰹等の色彩の美をあらわしました。

海幸 昭和11年(1936)頃

[卓越した技巧]
 渡欧により、西洋絵画の写実技法を取り入れつつも、日本ならではの特色を保ちながら、日本人が和歌や俳句などにも見出してきた伝統的な自然美を描きました。栖鳳の制作は一貫して実物観察による写生から出発しましたが、制作の各段階でさまざまな要素を取捨選択した上で、動物や風景、水の表現等、洗練された筆致で情趣あふれる作品を生み出しました。

潮沙去来 昭和5年(1930)