展覧会

開催中

奇想の又兵衛 山中常盤物語絵巻

2019.08.31|土| - 2019.09.24|火|

概要

Overview

奇想の又兵衛 山中常盤物語絵巻(YouTube)

 

◆展覧会目録はコチラ

岩佐又兵衛勝以(1578〜1650)は、豊かな頬と長い頤の人物表現や大和絵と漢画を折衷したような独特の画風で一世を風靡し、後の画界に大きな影響を与えました。
山中常盤物語絵巻は義経伝説に基づく御伽草紙系の物語で、義経の母・常盤の敵討ちを題材とした作品です。本作品は、又兵衛が描いたといわれる絵巻群の中で、最も生気あふれる力強い作風で、又兵衛自身の関与が最も高いと考えられています。全12巻あわせると150mを超える長大な絵巻で、本展では、山中常盤物語絵巻全巻を一堂に展観し、又兵衛絵巻の魅力に迫ります。

 

◆重要文化財『山中常盤物語絵巻』について

 『山中常盤物語』は、義経伝説に基づく御おとぎぞうし伽草子系の物語で、奥州へ下った牛若を訪ねて、都を旅立った母の常盤御前が、山中の宿で盗賊に殺され、牛若がその仇を討つという筋書きである。慶長(1596—1615)・元和(1615—1624)・寛永(1624—44)にかけて、操浄瑠璃の一つの演目として盛んに上演され、この巻物はそれを絵巻物化したものである。詞書に見られる独特の表現から、浄瑠璃の正本(テキスト)にもとづいて制作されたものと考えられている。12巻からなり、各巻12メートルを超える長大な絵巻物である。
 岩佐又兵衛が描いたとされる絵巻物群の中で、最も生気あふれる力強い作風で、又兵衛自身の関与が最も深いと考えられている。特に、巻2・3の常盤主従の道行きの状景などにおける自然や風俗の描写は巧みで、又兵衛の筆を感じさせる。巻4の常盤主従が盗賊に襲われ殺される場面や巻9の義経が八面六臂の活躍によって盗賊たちに仇討ちをする場面などの、鮮烈な描写は本図の特色となっている。
巻4の常盤が刺されるシーンでは、描かれた松樹が激しくうねりを見せ、次の場面ではぐったりとうなだれて表されるなど、場面の緊張感や人物の感情を、景物に託して描いているようである。古典絵画からの図様の転用も幾つか指摘されており、又兵衛が古典絵画に深い造詣があったことが窺うかがわれる。
越前藩主松平忠直の子光長の養嗣子宣富が転封となった先の津山藩主松平家に伝来したもので、大正14年5月の東京美術倶楽部による松平子爵家蔵品売立によって世に出た。昭和3年、ドイツへ売られるところを引き止めた第一書房社主長谷川巳之吉によって紹介され、昭和の又兵衛論争を引き起こすきっかけとなった。
 江戸時代初期の異色の絵巻として、また不明な点の多い岩佐又兵衛の画業を考える上でも注目される作品である。

 

【あらすじ】

おごる平家を討つために、源氏の御曹司牛若丸は15歳の春、奥州の藤原秀衡を頼み、東国へ下った。都に在る母の常盤は、行方の知れぬ牛若丸を案じ、牛若丸の無事と再会を祈る。神仏のご利益か、奥州から牛若丸の文が届き、常盤は驚喜して秀衡の館を訪ねたいと言う。乳人の侍従より、冬に向かう奥州路は雪が深く難所も多いと諌められる。常盤は一日千秋の思いで春を待ち、待従を従え、東国へ下る。遠国への徒歩の旅はつらく、山中の宿(現在の岐阜県関ケ原町)にたどりつくと、常盤は旅の難儀と牛若丸恋しさに身も心も疲れ果て、重い病の床についてしまう。
山名の宿に住む6人の盗賊は、常盤と侍従を東下りの上﨟とみて、美しい小袖を盗もうと謀る。夜半に押し入った盗人たちは常盤と侍従の着ている小袖までも剥ぎ取る。常盤は「肌をかくす小袖を残すがなさけ、さもなくば命もとってゆけ」と叫ぶ。盗人は常盤を刺し、常盤にすがる侍従も殺して逃げ去る。騒ぎに馳せつけた宿の大夫に抱き上げられた瀕死の常盤は、事の次第を打ち明けて、「牛若丸に会えずに、盗人の手にかかって果てるは口惜しい。せめて道端に土葬にして高札をたててほしい。いとしい牛若丸が都へ上る折りに守ってやりたい」と大夫に頼み、形見の品々を預けて息絶える。
一方、秀衡の館の牛若丸は母の常盤が夢にうつつに現れるのが気にかかり、館を忍び出て京へ向かっていた。途中、山中の宿までわずか三里の赤阪で宿をとる。常盤と侍従が殺されるのはその夜のことであった。翌日、山中の宿はずれで真新しい塚を見て、懇ろに法華経を唱え回向するが、何か去りがたく一日をそこで過ごす。牛若丸は奇しくも常盤の襲われた宿に泊る。その夜、夢枕に立った母常盤の姿や言葉を不審に思い、宿の大夫に尋ねる。牛若丸は事の次第を聞き嘆き悲しむが、とりなおし、宿の大夫と女房の助けをかり、宿に盗人をおびき寄せて討ちとろうと謀る。牛若丸は女房に頼んで、座敷いっぱいに派手な小袖や黄金の大刀を掛け並べ、この宿に大名が宿をとったと宿場中にふれまわる。沢山の派手な小袖や黄金の大刀があることを知った盗人は、牛若丸の計略通り、大夫の宿を襲う。待ち構えていた牛若丸は、霧の印を結び盗人たちの眼をくらませ、小鷹の法を使って宙に飛び上がり、全員を切り倒す。牛若丸は宿の大夫に命じ、その夜のうちに死骸を淵に沈めさせた後、大夫と女房の助力を謝し、後の褒賞を約して宿をたち、秀衡の館にもどる。
その後、三年三月が経ち、平家打倒のため十万余騎の大軍を率いて都へ上る。途中、牛若丸は山中宿に立ち寄り、常盤の墓前で手厚く仏事をいとなみ冥福を祈った。そして宿の大夫と女房に山中三百町の土地を与え、その恩に報いた。

15歳の牛若は源氏再興のために鞍馬山を抜け出し奥州へ向かった。奥州の佐藤の館に着いた牛若は、藤原秀衡と対面する(第1巻)

牛若が奥州にいると聞いた常盤は、すぐにも会いに行きたかったが侍従から春まで待つように言われる。春も半ばになり常盤は侍従に出立を促す(第2巻)

東国を目指す常盤は牛若を思い、涙ながらに瀬田の唐橋を渡る(第3巻)

 

美濃の国、山中の宿にたどり着いた常盤は、盗賊に襲われて刀で胸を突き刺される。侍従は常盤を抱き、さめざめと泣く(第4巻)

常盤が夢に現れるのが気になった牛若は都を目指し、途中で偶然にも常盤が討たれた宿に泊まる。宿の主人から顛末を聞いた牛若は盗賊をおびき出し仇を討つ(第9巻)

 

佐藤の館に戻った牛若は、三年三月の後、十万余騎をひきいて都へ上がる(第11巻)

 

※展示場面は変更になる場合があります。