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尾形光琳300年忌記念特別展「燕子花と紅白梅」 光琳アート -光琳と現代美術-

尾形光琳300年忌記念特別展「燕子花と紅白梅」 光琳アート -光琳と現代美術-【終了しました】

2015年2月4日(水)~3月3日(火)

 尾形光琳(1658-1716)の没後300年を記念して、特別展「燕子花と紅白梅 光琳アート 光琳と現代美術」を開催いたします。尾形光琳は、やまと絵の伝統をふまえつつ、斬新な意匠性と装飾性をもった芸術を完成させ、後世に多大な影響をあたえました。光琳100年忌にあたる文化12年(1815)には、酒井抱一が遺墨展を行い、それを機に『光琳百図』が刊行されました。200年忌にあたる大正4年(1915)には、三越呉服店が「光琳遺品展覧会」を開催しました。
 来る平成27年(2015)の光琳300年忌に際して、当館では光琳の二大傑作である国宝「燕子花図屏風」と国宝「紅白梅図屏風」を同時に展観する特別展を開催いたします。本展では、光琳100年忌・200年忌等で紹介された光琳の名品、並びに、光琳の影響が窺える現代美術を展観し、光琳芸術の系譜を概観しようとうするものです。

主な作品

国宝 紅白梅図屛風 尾形光琳 MOA美術館蔵

国宝 紅白梅図屛風 尾形光琳 MOA美術館蔵
江戸時代 18 世紀

白梅の樹幹の大部分を画面外にかくし、紅梅は画面いっぱいに描き左右対照の妙をみせ、中央に水流を配し末広がりの曲面をつくり上げた構図は光琳の独創といえる。後に光琳梅として愛好される、花弁を線描きしない梅花の描き方や蕾の配列、樹幹にみられるたらし込み、卓越した筆さばきによる水紋などすぐれた要素が結集して、画面に重厚なリズム感と洒落た装飾性を与えている。落款は「青々光琳」(右隻) 「法橋光琳」(左隻) 「方祝」(朱文円印)。『光琳二百年忌記念光琳遺品展覧会出品目録』所載。

国宝 燕子花図屛風 尾形光琳 根津美術館蔵

国宝 燕子花図屛風 尾形光琳 根津美術館蔵
江戸時代 18 世紀

『伊勢物語』第九段東下りの八つ橋に取材し、金地に群青と緑青の2 色でカキツバタを描いている。同じ花群を反復して画面が構成されており、型の使用が推測される。右隻の花群の根元や左隻の花の上辺はジグザグ状をなしリズム感を出している。カキツバタは光琳が特に好んだモチーフの一つで、屛風の他にも団扇、掛軸、また硯箱などの工芸品のデザインにも用いられている。光琳40 代中頃、法橋叙任後間もない頃の作品と考えられる。もと西本願寺に伝来した。
落款は「法橋光琳」、「伊亮(これすけ)」(朱文円印)。『大正四年六月光琳二百年忌記念光琳遺品展覧会出品目録』所載。

白楽天図屛風 尾形光琳 根津美術館蔵

白楽天図屛風 尾形光琳 根津美術館蔵
江戸時代 18 世紀

謡曲「白楽天」に取材した作品で、日本人の知恵を測るためにやって来た唐の詩人・白楽天が、漁夫に姿を変えた和歌の神である住吉明神と詩歌の問答をする場面である。白楽天が乗る唐船の部分は「執金剛神縁起絵巻」(室町時代)から摂取しているが、原図よりもさらに大きく舟を傾けた大胆な構図は光琳独自のものである。光琳の筆による同じ構図の作品もあるが、落款の位置から本作品が『光琳百図』に所載されたものと分かる。落款は「法橋光琳」「道崇」
(朱文円印)。『光琳百図』後編所載。

重美 紫式部図 尾形光琳 MOA 美術館蔵

重美 紫式部図 尾形光琳 MOA 美術館蔵
江戸時代18 世紀

石山寺参籠中に紫式部が『源氏物語』の着想を得たという伝説をもとに、湖水に映る月を眺めながら執筆する姿が描かれている。画面中央に配された花頭窓、上下を二分する屋根の庇の水平線と柱の垂直線、四分円状の湖面と丸い月など、光琳の理知的な画面構成がみられる。印章の「道崇」の号は宝永元年より使用されたもので、光琳が江戸下向後に制作したことが分かる。落款は「法橋光琳」「道崇」(白文方印)。『光琳百図』所載。

松山茶花蒔絵硯箱 尾形光琳 個人蔵

松山茶花蒔絵硯箱 尾形光琳 個人蔵
江戸時代18 世紀

尾形深省の箱書をもつ光琳蒔絵(まきえ)の基準作として知られている。被蓋造で、蓋の甲を高く盛り上げた硯箱である。本作品は、身の左側に水滴・硯を収め、右に筆置をもうけて刀子入を刳っており、光悦蒔絵硯箱の形式を踏襲している。黒漆の蓋表に大きく鉛板で山茶花の花を表し、金平蒔絵・描割で葉と葉脈を表している。その背後に細い銀の板金を貼り付けて、松葉を表す。材料・技法ともに光琳蒔絵の特徴を示す硯箱である。益田家伝来。『光琳二百年忌記念光琳遺品展覧会出品目録』所載。

群鶴図 加山又造 キリンホールディングス株式会社蔵

群鶴図 加山又造 キリンホールディングス株式会社蔵
昭和63年(1988) 

又造は、日本美術の伝統である様式化とそこからくる装飾的表現を、古典に立ち戻り自らの作品に試みている。本図は、光琳、抱一、其一と継承された群鶴図をモチーフとし、単純な配色を避けるため絵絹(えぎぬ)に厚めのプラチナ箔を貼った下地を用い、胡粉と墨、金、深紅朱によって丹頂鶴の優雅さを表現している。北海道釧路の雪原で百羽ほどの丹頂鶴を間近にした作者の感動をもとに、長年の構想によって制作された。

©有限会社加山

重文 弱法師 下村観山 東京国立博物館蔵

重文 弱法師 下村観山 東京国立博物館蔵
大正4 年(1915)

謡曲「弱法師」に取材した作品で、盲目の法師となって諸国を漂泊した俊徳丸が彼岸の中日に難波の四天王寺にたどりつき、西に沈む夕日に合掌し極楽浄土を想う場面を描いている。地を這うようにうねる琳派風の白梅は、観山を支援した原三渓の庭園にある臥竜梅を描いたとされる。光琳二百年忌の年である大正4年(1915)の第2 回再興院展に出品された大作で、観山の最高傑作の一つである。

展示期間:2/18~3/3

Image:TNM Image Archives

瓢果蒔絵合子 室瀬和美 個人蔵

瓢果蒔絵合子 室瀬和美 個人蔵
平成26 年(2014)

松田権六、田口善国を師とする室瀬は、光琳に関心を持っていた両師から様々に光琳論を耳にしていた。実際に「琳派」系とされる漆工作品をまとめて調査する機会に恵まれてからは、自分なりの琳派観を形にしている。そのひとつが、鉛板の使用である。決して扱いやすい素材ではない鉛をなぜ光悦や光琳は用いたのか。近年、素材の魅力が生きるデザインに再注力する中で、同じ金属でありながら蒔絵で主に用いられる金や銀と全く異なる質感をいかに効果的に引き出すかに挑戦している。

訪問着「白地位相割付文 実り」 森口邦彦 三越伊勢丹ホールディングス蔵

訪問着「白地位相割付文 実り」 森口邦彦 三越伊勢丹ホールディングス蔵
平成25 年(2013)

素材の白を生かした地に、蒔糊の技法を用い、3 つの正方形との組み合わせで六角形が位相に展開する。突き詰めると、実はデザインしているのはモチーフではなく余白部分であるという。余白が造形物。それは光琳の屏風絵、例えば文様とも見える花叢が繰り返される燕子花図屏風における金地の存在のようである。「実り」の名は父・華弘の同名作品へのオマージュでもある。抽象表現に、たわわに実ったリンゴ(華弘は具象のザクロだった)のイメージを重ねる。

群娘図’97  会田誠 個人蔵

群娘図’97  会田誠 個人蔵
平成9 年(1997)

作者本人の言葉を借りれば「ノーマン・ロックウェルの風俗的リアリズムと尾形光琳の意匠的様式化が渾然とした、海のものとも山のものともつかない珍妙なイラストレーション」とのことだが、東京の女子高生と修学旅行中の地方の女子中学生を横一列に置く構図は「燕子花図」に借りたものであり、「群娘」と書いて=「群青」と読ませ、「燕子花図」を想起させる。女子中高生好みの、サンリオやディズニーのキャラクターを刷り込ませている。

(c) AIDA Makoto Courtesy Mizuma Art Gallery

月下紅白梅図 杉本博司

月下紅白梅図 杉本博司
平成26年

長年取り組んできたゼラチン・シルバー・プリントによる写真作品制作に加え、近年、プラチナ・パラディウム・プリント作品を発表している。今回、尾形光琳「紅白梅図屏風」を撮りおろし、黒はあくまでも黒く、階調表現の豊かさを誇るこの手法で展開した。光琳が昼ならば、杉本は夜。月が流水を照らす。梅は日中も香っていたはずだが、暗闇では一層香りを放つように感じる。視覚からの情報が減る分、嗅覚が研ぎ澄まされるからだ。モノクロームにすることでは情報は減少しない。別方向に拡張する。