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浮世絵の華 春章「婦女風俗十二ヵ月図」と「雪月花図」

浮世絵の華 春章「婦女風俗十二ヵ月図」と「雪月花図」【終了しました】

2014年06月13日(金)~07月06日(日) → 好評につき9日(水)まで延長します!

 勝川春章(1726~92)は、江戸中期の浮世絵師で、肉筆画における技量は浮世絵師中第一級といわれています。なかでもMOA美術館が所蔵する、「婦女風俗十二ヵ月図」と「雪月花図」の重要文化財2点は、春章の代表作として知られており、春章の画業を語る上で欠くことのできない作品です。本展では、浮世絵の華ともいえる2点の春章作品を中心に、コレクションの中から肉筆浮世絵の名品の数々を展観します。

主な作品

重文 雪月花図   勝川春章

重文 雪月花図   勝川春章
江戸時代 18世紀

 雪月花の三幅対をそれぞれ清少納言・紫式部・小野小町という王朝の三才媛の見立絵とし、これを当世市井の婦女風俗に描きかえています。春章は、天明年間に貴顕・富豪の求めに応じて肉筆美人画に専念したと言われ、この三幅対も同時期の作とされます。

婦女風俗十二ヶ月図   勝川春章

婦女風俗十二ヶ月図   勝川春章
江戸時代(18世紀)

この作品は肉筆浮世絵の中でも代表的な傑作で、当初の12幅中、1月と3月の2幅が失われている。そのため、歌川国芳によって補充されたが、現在その一幅も失われ、「3月・潮干狩図」のみが現存している。この揃物は、春章の最も脂の乗った天明期(1781~89)の作で、月々の季節感や行事を各図に背景として見事に取り入れている。また、縦長の画面に、数人の婦女子と楼舎、調度、花卉などを巧みに描き込んだ構図の美しさや精緻な描写も、肉筆画における春章の優れた力量を見せている。とりわけ美人の衣裳に見られる細密な描写と色彩には、春章の非凡な手腕が発揮されている。最後の「12月節分図」だけに「旭朗井勝春章画」の落款と、「酉爾」の朱文方印が捺されている。松浦家伝来。

立美人図 懐月堂度繁

立美人図 懐月堂度繁
江戸時代 18世紀

本図の遊女の小袖に「桐」の文字があるのは、この女性の源氏名を示すものと考えられる。この作品では、美人に手拭を持たせることによって、懐月堂派の類型的な構図に変化を与えている。

化粧美人図 西川祐信

化粧美人図 西川祐信
江戸時代 18世紀

本図は、日常身辺の小道具を背景に描き添え、生活の中の化粧をしている女性の美しい一情景が画題となっている。殊に祐信の描く丸顔の京美人はすこぶる優美で、清楚な美しさをもっている。

円窓九美人図    鳥文斎栄之

円窓九美人図    鳥文斎栄之
江戸時代 寛政8年(1796)頃

鳥文斎栄之(1765~1829)は、天明・寛政期(1781~1801)の浮世絵黄金時代にあって、歌麿に拮抗して一派を形成し、独自の美人画を描いて名声を博した。栄之は旗本の家柄に生まれ、初め狩野栄川院典信の許で本格的な画技を学び、後に清長風の浮世絵を描いた。また、栄之は絵具に対する知識も深く、気品の高い色彩感覚と的確な筆致を特色とした。本図は、円窓の内に、上段右から女師匠と武家の奥方、中段右から御殿女中・水茶屋の娘・町家の娘・町家の内儀、下段右から、花魁・官女・芸者と、九人の美女を描いている。それぞれ身分の異なる女性を、髪型や服装で描き分け、さらに9人のもつ生活の雰囲気を細密な描写で表している。清艶な美しさと気品の高い香気に満ちており、栄之の芸術的手腕が最高に発揮された代表作で、寛政期(1789~1801)の作と考えられる。

寒泉浴図    喜多川歌麿

寒泉浴図    喜多川歌麿
江戸時代(18世紀)

喜多川歌麿(1753?~1806)は、初め鳥山石燕に師事し、北川豊章と称して鳥居清長風の錦絵を描いていたが、天明(1781~89)の初め頃、当時有力な版元蔦屋重三郎に見出され、寛政期(1789~1801)には歌麿独自の美人画様式を作り上げた。  本図は、歌麿の最晩年の肉筆画で、風呂に入ろうとする女性の後ろ姿を描き、浮世絵では珍しい裸体美を大画面に扱っている。風呂桶などの写実的な描写に対し、女性の肌の柔軟さや襟足の優美な描写が、歌麿ならではの日本女性の理想的な美しさを描き出している。賛は蘭湯に浸る中国前漢の女官昭儀の故事をうたったものである。賛者の鶯谷吏垣は、狂歌で名高い大田蜀山人(鶯谷隠士)のことで、両者の関係から寛政11年(1799)頃の作と思われる。 (賛詩) 蘭湯灔々昭儀 坐其中若三尺寒泉 浸明玉 録飛燕別集語 鶯谷吏垣

重要文化財 二美人図  葛飾北斎

重要文化財 二美人図  葛飾北斎
江戸時代 19世紀初期

本図は人物の細面で柔和な表情、流(りゅう)暢(ちょう)で無駄のない描線や落ち着いた色彩からみて、北斎画歴前半期の代表的な美人画である。立姿の花(おい)魁(らん)と坐った姿の芸者には、文化年間(1804~17)以降にみられる北斎特有の誇張した表現がなく、静かな画調が優れている。