施設案内 – 黄金の茶室

天正14年(1586)正月、豊臣秀吉が時の天皇、正親町天皇に茶を献じるために、京都御所内の小御所に組立式の黄金の茶室を運びこみ、黄金の道具を用いて茶会を行ったという史実に基づいて復元制作したものです。秀吉は、この黄金の茶室を、天正15年の北野茶会に用い、天正20年には朝鮮出兵のため肥前名護屋に出陣した折、大阪より運ばせ茶の湯を行ったことが知られ、大阪城落城とともに消滅したと考えられています。黄金の世とも呼ばれた絢爛豪華さと、閑寂な侘数寄という対照的な諸相を見せる桃山時代の美意識を再見ください。
公家、武将、茶人、外国の宣教師などが記した文献史料に基づき、数奇屋建築の泰斗堀口捨己博士の監修のもと復元されました。茶室は組み立て式で、各部材のサイズや、組み合わせの仕組などは史料の記述と構造上の条件から割り出しています。

みどころ