特別インタビュー 杉本博司(現代美術作家)× 内田篤呉(MOA美術館・箱根美術館館長)リニューアルしたMOA美術館 ─ その魅力を探る

特別インタビュー
杉本博司(現代美術作家)×内田篤呉(MOA美術館・箱根美術館館長)

2016年3月より改修工事に入ったMOA美術館は、2017年2月5日にリニューアルオープンします。今回、その設計は世界的に活躍する現代美術作家である杉本博司氏の手に委ねられました。「美術品がもっとも美しく映える空間」を実現した新しい美術館の魅力を、杉本氏に聞きました。

杉本博司
1948年東京生まれ。立教大学経済学部を卒業後渡米、ロサンジェルスのアート・カレッジ・オブ・デザインで写真を学ぶ。1974年よりニューヨーク在住。現代美術作家として、世界各地の美術館で個展を開催する。2009年「高松宮殿下記念世界文化賞」を受賞。写真家としては、「ジオラマ」シリーズ(76年~)、「劇場」シリーズ(76年~)、「海景」シリーズ(80年~)、「建築」シリーズ(97年~)などの代表作がある。近年では国内外の建築に加え能楽、文楽、演劇などの芸能、茶の湯、日本美術及び文化に関わる幅広い芸術活動をしている。

「至高の光り 至高の場」(抜粋)

私はMOA美術館にある数々の日本文化の至宝を、その最高の光りと場で見てみたいと思った。足利義政が慈照寺「東求堂」で見た光り、千利休が茶室『待庵』で見た光り。そうした前近代の光りを美術館の内部に実現する為に、私は前近代の素材にこだわった。それは、屋久杉であり、黒漆喰であり、畳だった。(略)
私の中では最も古いものが、最も新しいものに変わるのだ。

内田

本日はよろしくお願いいたします。
この度のMOA美術館のリニューアルに際し、杉本さんにはエントランス、ロビー、展示室、ショップ、カフェ・コーナーを中心とした空間設計をお願いしました。その設計の基本的な概念として「至高の光り 至高の場」という文章をいただいております。そのなかで杉本さんは、光りのことや素材について触れていますが、屋久杉や黒漆喰も含めた各エリアの特色についてお聞かせください。

杉本

そうですね、ぼくは慈照寺の「東求堂」に入って、しばらくそこにいて、足利義政が見ただろう光景、素晴らしい障子の光りが、その柔らかい光りが見えたんですね。
現代の美術館ですとなかなか難しいんですけども、やはり金碧の障壁画とか、屏風とか、お寺の襖絵などは、自然の柔らかい光りのなかで見るのがいちばん美しいんで、あまり明るくしすぎると、悪趣味になってしまう。
ですから適度に抑えられた光りを、柔らかい光りを、あえて人工的に作ろうとしました。最近は保存の状況について非常に厳しくなっていて、文化庁の指導も厳しいですから、それにも合致しながら、かつ中世の光りを人工的に再現するというわけです。


杉本博司氏(右)内田館長(左)

照明の映り込みを防ぐ
黒漆喰の壁

内田

漆喰についてはいかがでしょう。国宝の野々村仁清作「色絵藤花文茶壺」を展示する部屋を黒漆喰で作りました。杉本さんの写真のコンセプトに「暗い部屋・暗い箱」というのがありまして、森美術館で開催された「杉本博司:時間の終わり」展(1)の図録には、ケリー・ブラウアー(2)が「杉本にとってはギャラリー空間自体も暗箱の延長」と記しています。
また谷崎潤一郎の『陰影礼讃』では、谷崎が京都・島原の角屋での思い出を「灯に照らされた闇の色」と語っています。
黒漆喰の部屋には「暗い部屋」や谷崎の『陰影礼讃』にみられる日本的な灯の美意識が導入されているように感じますが、この点はいかがでしょうか

(註)
(1)2005年開催の日本初の回顧展。その後「HIROSHI SUGIMOTO」とタイトルを変えてアメリカ国内4館を巡回。
(2)当時、ハーシュホーン美術館と彫刻庭園アート&プログラム・ディレクター、チーフ・キュレーター。

杉本

谷崎の「陰影礼讃」は英訳されていて、アメリカの建築学科の学生の必読書にもなっているので、逆に日本よりも知られているんです。
展示を見るとき、いちばんいやだと思うのはガラスのケースに入っている展示です。ガラスのケースに入っているとどうしても反射してしまって、作品を見るとき邪魔になるわけですよ。とくに照明が映り込んでいたりすると。
そういうことを極力避けるには反対側が闇だったらいいんです。そうすると映り込みがなくなる。だから下手するとガラスにおでこをぶつけちゃうくらい反射のない光りの状態の方が、作品そのものに集中することができますね。そのために黒漆喰の壁を作って映り込みを防ぐわけです。黒漆喰は日本の伝統的な素材でもありますし。
でもただの真っ暗闇ではないですよ、闇のなかに質感がある。闇に色があるというか、闇も色なんですね。それが谷崎的な闇とも通じていると思います。国宝の仁清の藤壷が闇に抱かれて輝いている、そういうイメージです、あの部屋は。

内田

すると先ほどの室町時代の光りとも何か通じるものがありますね、闇の光りというかそんなイメージに。

杉本

あるといえば、演繹的に中世を意図して演出しているということにはなるんですけどね。


人間国宝の室瀬和美氏と漆の扉について打ち合わせる杉本博司氏


展示室2には、黒漆喰の壁に囲まれた、仁清の「色絵藤花文茶壺」を展示する特別室がある

正面玄関入り口の
世界最大級の漆の扉

内田

人間国宝の漆芸家、室瀬和美さんと正面玄関入り口の漆の扉を制作していますので、この点につきまして感想をお聞かせください。

杉本

室瀬さんといえばね、研ぎ出しの蒔絵の名手で、もの凄く細かい、素晴らしいお仕事をなさっている。でも今回のような、幅一・二メートル、高さ四メートルという大きな扉をですね、細かい工芸的な手法で見せるのは難しい。
そこで、東大寺に日の丸盆(3)という根来塗の名品があるんですけどね、それは八百年の昔から伝わっているもので、黒漆の上に朱漆を塗ってあって、それが手でこう摩られて、下地が出ている、その美しさについて話していると、室瀬さんからもそれはいいねと言っていただいた。
じゃあ根来でいきましょうということで、でも実際にやってみたら 巨大なステンレスの上に漆を施した、世界最大級の漆の扉なんですよね。ステンレスに漆というのも非常に難しいことなんですけども、昔と同じように麻布を貼る手法でいこうと。古い蚊帳の布地を下地にして黒漆を塗り、朱漆を塗る。その結果こんなにうまくいくものかというくらい素晴らしいものができました。

(註)
(3)重文「二月堂練行衆盤」鎌倉時代 永仁6年(1298)


扉に漆を塗る人間国宝の室瀬和美氏

屋久杉を使った
仏教美術の部屋

内田

実は漆塗の扉は私の発案でしたが、できあがりを満足していただけているようで嬉しく存じます。
次に、樹齢千年以上の屋久杉を「仏教美術の部屋」の展示ケース内に使っていますが、そのあたりの思いを聞かせてください。

杉本

日本には素晴らしい木がたくさんあるんですけど、そのなかでも屋久杉というのは今は屋久島がワールドへリテージ、世界自然遺産になっていますから、今では絶対切ってはいけないんです。でも百年くらい前からの、切られて銘木屋さんで保存されているものも多少はあるんですね。それで屋久杉の魅力をみなさんに知っていただきたいなと思って使いました。
ただ展示ケースというのは免震機能も備えていなくてはいけない。これがまさに二律背反でして、試行錯誤して、本当に特許をとりたいくらいの免震装置ができました。

内田

だいぶ苦労されて、免震装置もかなり薄くできましたよね。

杉本

畳が置いてあるように見える部分が免震台の機能をしています。免震台は通常十センチ以上の厚さですが、屋久杉の台は三・五センチくらいの厚みですかね。

内田

ええ、そうですね。

杉本

屋久杉の無垢の巨大な板が美術品を置く台になっていて、全長十mに近いような板が、万一のときには宙に浮いたように免震として機能する。屋久杉は6ミリの厚みの下に鉄の免震装置が隠されていますが鉄は見えません。
仏像も木造のものがたくさんありますけど 銘木の上で鑑賞するということを一回やってみたいなと思ったんです。


屋久杉を使った、免震機能を備えた展示台

設計に反映された
創立者の願い

内田

完成が楽しみですね。
改修にあたって杉本さんは、創立者岡田茂吉の願いを継承した美術館、伝統と現代を融合したデザイン、素材の見立てによる空間の創造という三つの基本方針を掲げています。この方針につきまして聞かせていただけますでしょうか。

杉本

私も古美術の蒐集家ですから、岡田茂吉先生の蒐集品は、素晴らしいな、こんなものがあったらぼくも買いたかったなというのがいっぱいあるわけですよね。例えば「阿弥陀如来及両脇侍坐像」というのがありますけど、近いものを手に入れたときは、熱海美術館にすぐに見にきて比較研究したこともあります。

内田

当初、設計をお願いした際に、岡田が自ら設計した箱根美術館をご覧いただきました。実際に足を運ばれて、どのような印象をおもちになられたか、ご感想をお聞かせいただければと思います。

杉本

やはり、ものを愛している方だという感じが伝わってきましたね。ディテールにもこだわっていて。例えば手すりです。真鍮の手すりひとつにしても、こうつかまって、そこで見たときの感覚が凄い。
あと光りが、自然光が非常によく取り入れられていますね。当時から大変洗練された施設だったのだと思います。
とても小さな美術館ですけど、非常に趣味よくおさまっていると感じました。
いろいろな美術館、博物館では、どちらかというと保存ということが中心となっていて、いかに美しく見せるかということについては、蒐集家の方が考えているかもしれません。これはこういうふうな光りで、こういうふうに見るときにいちばん美しく見えるということを、日夜自分でも床の間に飾って研究しますので。美術館の設計には、蒐集家でありながら建築もできる、というのが適しているのではないかと思いますね。

伝統的な素材を使うことが
逆に新しい

内田

そういった意味でいいますと、使う素材ですね、今回でいえば屋久杉とか漆喰とか、そういう素材を見立てて建築空間を作るという。それが杉本建築の特色でもあろうと思いますが、そのあたりは今回はどんな形で反映されているんでしょうか。

杉本

できれば昔から使われていたものが、いちばんいいと思うんですよ。文化庁や東京文化財研究所の指導とかもいろいろありましてですね、最近はデータが精密に取れるようになったので、いろいろと難しいです。
話が飛ぶんですけど、例えば法隆寺の五重塔をいま建てようとすると建築基準法違反になるんですね。木造五階建ては許可されないし、耐震構造にもなっていないから。でも、あれは千二百年間も崩れていないんだから、逆に耐震的には優れているといえる。でも法律上ではいけないことになってしまう。そういうような非常に矛盾することが沢山あるんですよね。
ただそのなかでうまく折り合いをつけていく。例えば今回使った床の敷き瓦、これも奈良東大寺の瓦を焼いている職人の方に頼んで、低温で天平時代の雰囲気を出すように焼いてもらったし、黒漆喰というのも伝統工芸です。漆喰というのは空気の湿度を調整する働きがあるんですね。
昔のやり方がぼくはいちばんいいと思うのですが、ただし、コストは高くなります。手間がかかりますから。でもやはり工業製品的なものはなるべく避けて、昔からの伝統素材を使うのが、逆に新しいのだとぼくは思っています。


黒漆喰の壁が展示ケースのガラスに照明が映り込むのを防ぐ

熱海、小田原、三島の
ゴールデントライアングル

内田

MOA美術館のリニューアルが完了しますと、その後間もなく小田原にある杉本さんの財団の美術館が開館すると聞いています。三島には杉本さんが設計された伊豆フォトミュージアムがありますから、この三つで杉本建築が密集したアートエリアが完成することになります。
これについては多くの杉本ファンや市民の期待も大変高まっております。今後それらをどのように活用していくかというような構想はおもちでしょうか。

杉本

そうですね、二〇一七年の十一月に、私が設立した小田原文化財団の本拠地である美術館が開館します。我々は江之浦測候所と呼んでいるんですけどね、美術館ではなく。

内田

江之浦測候所ですか。

杉本

ええ、美術館ではなく、気候の変化を測る気象庁の測候所みたいなという意味で。日本の四季折々の変化が体感できるような、建物そのものがアートになっているという施設が十一月に、完成はまだ先なんですけど、一応オープンすることになりまして。
三島も整備されまして、都心からも早く行けるようになっていますし、熱海、小田原、三島と、この三か所でゴールデントライアングルが出現するわけです。

内田

そうですね。

杉本

海外からもたくさんのお客さんに来ていただきたいし、是非そういう構想でやっていきたいですね。

内田

今後、アートイベントや、能とかお茶会などのご計画はありますか。

杉本

能舞台もいま二つ作っていますし、茶室も待庵の写しを作ります。ただ、うちの能舞台は全天候型ではなくて屋根もついていませんのでね。MOA美術館にも茶室や能楽堂がありますので、一緒になっていろいろ活動を起こしてですね、盛りあがろうと思っています。

内田

大変楽しみです。今後もよろしくお願いいたします。

改修記念特別展として
「信長+杉本博司『クワトロ・ラガッティ』(仮称)」

内田

実は二〇一八年に、当館の改修記念特別展として、杉本さんの企画で、クアトロ・ラガッティをテーマとした「信長+杉本博司『クワトロ・ラガッティ』(仮称)」展を企画しています。
著書『現な像』のなかで杉本さんは「西洋の咀嚼とは、日本的霊性の西洋文脈での再提示なんだと」と述べていますが、このクアトロ・ラガッティ、つまり天正少年遣欧使節を通して、私はキリスト教と日本文化の霊性を再認識する、つまり西洋と東洋の文化を対比させるということを考えているのかなと推測しているのですが。
また、やはり著書のなかで「写真的視像は世界史の一部」とも述べています。「クアトロ・ラガッティ」では天正から四百年という時空と歴史を取り込んで、また「海景」シリーズは、少年使節が大航海に出ていった海のイメージと重なるように私には見えました。
かつて杉本さんからいただいたこの展覧会の企画書に、「『西洋とは何か』ということを問い直す」と書いてあったので、この展覧会を通して現代の西洋と日本を再発見する、あるいは見つめ直すようなことを考えているのかなと推測していまして、その点はいかがでしょうか。

杉本

これはですね、偶然ということもあるんですけど。ヨーロッパの古い建築を巡って作品化していく過程のなかで、あるときヴェネチアにほど近いヴィチェンザという街にあるテアトロオリンピックという、一五八五年に完成した劇場に行ったんです。オペラ劇場のいちばん最初のもので、パラディオという優れた建築家のものなんですが、そこに行ったときにロビーに天正少年遣欧使節団が訪れた場面のフレスコ画が掛けられていた。
非常に大歓迎されている様子が描かれていて、その劇場が開館したのと同じ年に少年使節が来ていたんです。それで少年遣欧使節団の足跡をいろいろたどってみると 自分の興味と重なるところがいっぱいあるんですね。
ローマのパンテオンとか、ピサの斜塔なんかにも、何か呼ばれているなという感じで。少年遣欧使節が見た建物で現存している足跡を辿って全部撮影していこうと思って、そうすると当時の彼らと同じものを我々も見るということを実感できるわけです。少年遣欧使節の時代にワープできる。タイムマシンに乗って、我々ももう一度西洋と邂逅したときの驚きをあらためて知ろう、再発見しようというのが今回の展覧会の目的のひとつなんですね。
日本人が洋人の姿を描いた「洋人奏楽図屏風」も一緒に展示します。ニューヨークでもこの展覧会はやるわけですから、外国の方も日本の方も両方で、それをもう一回体験していただきたい、というのが趣旨です。

内田

「信長+杉本博司『クワトロ・ラガッティ』(仮称)」展は興味深い展覧会になると思います。どうぞよろしくお願いいたします。