新素材研究所について

屋久杉、行者杉、黒漆喰、畳など日本の伝統的な素材を用いつつ、展示される作品の美を最大限に生かす展示空間を創出しています。

 

現代美術作家 杉本博司

杉本博司 | すぎもとひろし

1948年東京生まれ。 立教大学卒業後、1970年に渡米、アート・センター・カレッジ・オブ・デザイン(L.A.)で写真を学び、1974年よりニューヨーク在住。

明確なコンセプトに基づき、大型カメラで撮影された精緻な写真作品を制作し、国際的に高い評価を確立。その作品はメトロポリタン美術館(N.Y)、ニューヨーク近代美術館、ポンピドゥー・センター(パリ)、テイト・モダン(ロンドン)を始め世界中の美術館に収蔵されている。
近年は執筆、設計へも活動の幅を広げ、2008年建築設計事務所「新素材研究所」を建築家榊田倫之と設立。「IZU PHOTO MUSEUM」(2009年・静岡)や「London Gallery」(2009、2011・東京)等の内装、2017年2月には展示室の改装を手掛けるMOA美術館(熱海)がリニューアルオープン。また、同年秋にはランドスケープ全体を設計した小田原文化財団施設 江之浦測候所も開館。

主な著書に『空間感』(マガジンハウス)、『苔のむすまで』『現な像』『アートの起源』(新潮社)、『趣味と芸術̶謎の割烹味占郷』(ハースト婦人画報社編・講談社)。
内外の古美術、伝統芸能に対する造詣も深く、2013年には構成・演出・美術・映像を手掛けた『杉本文楽 曾根崎心中』がヨーロッパ公演(マドリード・ローマ・パリ)を果たす。2016年草月ホール(東京)にて初の現代劇『肉声』(作:平野啓一郎、音楽:庄司紗矢香、主演:寺島しのぶ)を演出。
1988年毎日芸術賞、2001年ハッセルブラッド国際写真賞、2009年高松宮殿下記念世界文化賞、2010年秋の紫綬褒章、2013年フランス芸術文化勲章オフィシエ、2014年第一回イサム・ノグチ賞等、受賞・受章多数。

 

杉本博司 空間デザインコンセプト

至高の光り 至高の場

 

私はMOA美術館にある数々の日本文化の至宝を、その最高の光りと場で見てみたいと思った。
足利義政が慈照寺「東求堂」で見た光り、千利休が茶室「待庵」で見た光り。
そうした前近代の光りを美術館の内部に実現する為に、私は前近代の素材にこだわった。それは、屋久杉であり、黒漆喰であり、畳だった。
美術館という近代装置の内に前近代を見せるという使命を、私は自身に課したのだ。
難題解決の試行錯誤の果てに、私は最先端の光学技術を舞台裏に忍び込ませることに成功した。
私の中では最も古いものが、最も新しいものに変わるのだ。

 

室瀬和美作、漆塗り玄関扉について

 

私は文明の起源に、長い間想いを馳せてきた。人類は素晴らしい宝物達をその手で作り続けてきた。
しかしふと気が付くと、私達には今、昔のような名品が作れるだろうかと私は訝る。はたして現代美術は千年後に国宝になり得るだろうか。芸術に関する限り、私は時代が進化しているのか、衰微しているのかを測りかねている。
しかし私は一縷の光明を見た。室町期の美意識を体現する手法のひとつに漆がある。その中世的美の伝統は、人間国宝、室瀬和美氏の手に残されていたのだ。私は室瀬氏に美術館の扉制作をお願いした。
それはマーク・ロスコーの絵画にも似て、東大寺の根来盆にも似て、そのどちらでもないものだ。
現代に生きる人々を前近代へといざなうための門扉としてふさわしい色と艶が匂い立ち、人々はその前で居住まいを正し、気を引き締めることになる。

 

建築家 榊田倫之

設計を始めるにあたり、箱根美術館を訪問し美術品とそれを取り巻く空間の在り方への考察を深め、「美によって世界人類を楽しませ文化の向上に資する。」という創立者の言葉、美に対する考えを設計に取り入れられるように努めることが、これまでの美術館への敬意の表明であり我々の取り組むべき姿勢であると考えた。
またそれは時間を経た美しい部分と現代の感覚を共存させること、日本の素材の扱い方、手法として箱根美術館から着想を得た展示ケースを床(トコ)に見立てることなど、日本の美意識への探求こそが我々へ与えられた命題であると考えた。

1982年に開館したMOA美術館は、インド砂岩や国産の大理石を中心に構成されており、開館以後年月を経て、その佇まいは経年による風合いが豊かで環境に馴染んだものとなっている。 単に新しいものに入れ替えるのではなく、既存部分と新しい部分が共存し、培われてきた歴史を引き継ぎながら新たな美術館へと生まれ変わる事を目指した。

外部のプラザからエントランスホールへ、外壁のインド砂岩が内部へと連続する既存部分は継承し、現代的な要素としてエントランスドアやスロープ、背景としての白い壁・天井を施し、随所で新旧の対比を見ることができる。またメインロビーからは海の眺望がより美しく見えるように天井の高さを開口部へ近づくにつれて少し下げるなど操作し、プレーンな白い壁と天井が熱海の海を切り取っている。
全体的には来訪者が訪れる主要な部分を総合的に計画し、エントランスホール・ロビー、展示室以外では、ミュージアムショップやカフェコーナーなども同様の理念、設計思想で設計に取り組むことになった。

 

展示室においては、空間の中央に黒漆喰の壁を配し、展示ケースガラスへの写り込みを低減し、所蔵されている素晴らしい数々の美術品が、より美しく見えるように設計されている。また国宝の藤壺は、黒漆喰で覆われた特別な空間に配置され展示動線の核となっている。
写り込みを低減する壁や藤壺のための特別な部屋が、黒漆喰の壁として空間に挿入されることによって、様々なシーンが現れ、展示空間にシークエンスが生み出されている。
展示ケースは床(トコ)をイメージした設えになっており、行者杉の框材と低反射ガラスを介して畳床が構成されている。また他の展示ケースでは屋久杉を免震台に組み込んだ板床などもあり見所の一つである。
その他の展示室では現代美術に対応した展示空間も新たに設けており、日本美術から現代美術まで展示内容の充実を図る構成となっている。

杉本博司と私が設立した新素材研究所は「伝統的な手法や素材が今一番新しい」という考えのもと、日本古来の伝統的な技術や工法・素材を過去のものとしてではなく、未来に残すべき重要な資源として扱う事を設計の理念としている。MOA美術館の改修工事においては、素材として屋久杉・行者杉・吉野檜など日本の針葉樹を中心に、低焼成敷瓦や漆喰、土壁、古美色の金物などが用いられ、空間を構成する上での重要な要素となっている。現代建築の素材の扱いにおいては、合理性を追求することによって、得られたことと失われたことがあると近年特に感じている。日本の針葉樹を用いることや職人の手の跡を感じる漆喰や瓦からは、均質化された現代の素材では表現することができない存在感が生まれる。またこれらを我々の設計手法として現代的なディテールと組み合わせて、逆に古いだけでなく現代の感覚を共存させることを試みているのである。

新しいものを挿入することは、まさに試行錯誤の連続である。既存の建物に敬意を払い、既存の建物から習い、そして新しい部分を設計する。創立者の理念、美術館に習うことが我々の設計の道標になったことは間違いない。

 

榊田倫之 | さかきだともゆき

1976年滋賀県生まれ。
2001年京都工芸繊維大学大学院工芸科学研究科博士前期課程修了後、株式会社日本設計入社。2003年榊田倫之建築設計事務所設立。2008年には建築設計事務所「新素材研究所」を現代美術作家杉本博司と設立。

杉本博司のパートナーアーキテクトとして「IZU PHOTO MUSEUM」(2009年・静岡)「London Gallery」(2009年、2011年・東京)「Christie’s Tokyo Office」(2012年・東京)「OAK表参道・茶洒金田中」(2013年・東京)「Glass Tea House」(2014年・ヴェネチア)、「Isetan Salone」(2015年・東京)など数多くの設計を手掛ける。
現在、新素材研究所取締役所長、京都造形芸術大学非常勤講師、一級建築士。

 
 

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