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展覧会

開催中

HOMO FABER, 12 Stone Garden 深澤直人と12人の人間国宝

2022.10.28(金) - 2022.12.11(日)

概要

今春、イタリアのヴェネツィア・ビエンナーレに合わせてミケランジェロ財団主催「ホモ・ファーベル展」(4月10日〜5月1日)が開催されました。その企画の一つ「12 Stone Garden」は12名の人間国宝(重要無形文化財保持者)の伝統工芸をデザイナー・深澤直人のデザイン空間で紹介したもので、世界中から集まった美術ファンを魅了し、日本の伝統工芸が熱狂的に歓迎されました。本展は深澤直人と当館館長・内田篤呉のキュレーションよるもので、多くの出品作家や関係者の強い要望を受けて帰国展を開催します。MOA美術館における深澤直人のデザイン空間と写真家・川内倫子の映像とともに、12名の人間国宝の伝統工芸をお楽しみ下さい。

 

Robilant ©Michelangelo Foundation

 

Laila Pozzo ©Michelangelo Foundation

深澤直人 | FUKASAWA Naoto

1956年山梨県生まれ。1980年、多摩美術大学プロダクトデザイン学科卒業。シリコンバレーの産業を中心としたデザインの仕事に7年間従事した後、1996年帰国。2003年、NAOTO FUKASAWA DESIGNを設立。世界を代表するブランドのデザインや、日本国内の企業のデザインやコンサルティングを多数手がける。日本民藝館館長。多摩美術大学統合デザイン学科教授。 21_21 Design Sightディレクター。良品計画デザインアドバイザリーボード。2018年「イサム・ノグチ賞」を受賞。

内田篤呉 | UCHIDA Tokugo

1952年東京都生まれ。慶應義塾大学卒。美学博士。専門は日本美術史。現在、MOA美術館・箱根美術館館長。九州大学客員教授及びお茶の水女子大学大学院、慶應義塾大学、東京藝術大学、武蔵野美術大学、沖縄県立芸術大学の非常勤講師を務め、文部科学省文化審議会、世界文化遺産・無形文化財遺産などの各種委員を歴任。おもな著書に『塗物茶器の研究』『硯箱の美 蒔絵の精華』(いずれも淡交社)、『光琳蒔絵の研究』(中央公論美術出版)、編著に『光琳ART 光琳と現代美術』(角川学芸出版)などがある。

出品作家紹介――12人の人間国宝

 

 

伊勢﨑淳 | ISEZAKI Jun

2004年重要無形文化財「備前焼」保持者に認定

1936年に岡山県備前市に陶芸家伊勢﨑陽山の次男として生まれる。岡山大学を卒業後、父の下で作陶生活に入り、陶芸技法・表現の研究を重ねた。1961年日本伝統工芸展に初入選して新鋭作家として注目を集め金重陶陽賞、田部美術館賞を受賞した。その後、欧米各地を視察して、ジョアン・ミロ、イサム・ノグチとの出会いが陶芸家としての道を開いた。

技法と作品

備前焼は、12世紀後半から備前市伊部一帯で始まり今日に至るまで連綿と伝えられてきた陶芸技法である。備前焼は、釉薬を用いない焼き締めによる焼成方法が特色で、その陶土は伊部特有の鉄分の多い可塑性に富む田土【たつち】が使われてきた。15世紀までは壺、甕、摺鉢などの日常雑器を主に焼いていたが、16世紀に茶の湯の流行と共に水指、茶入、花生などの茶道具を制作し、日本における代表的な茶陶産地となった。伊勢﨑は、鉄分を多く含んだ褐色の陶土を用いて10日間以上にわたり長時間をかけて焼き締める。彼の作品は釉薬を用いず、薪の灰が素地に降りかかり生じる「胡麻」、素地に藁を巻いて焼成することによって生じる茜色の「緋襷【ひだすき】」など、「窯変【ようへん】」と呼ばれる窯の内部で偶然に生じた色の変化を特徴としている。伊勢﨑は半地下式の窖窯【あながま】と呼ばれる窯を用いる。その理由は「火が一直線に走ることにより備前の土に表情をもたらす」のである。

角花生は本展のために制作された作品である。伊勢﨑は800年以上にわたる備前焼の伝統を継承する一方で、「伝統とは冒険する心であり、新たな挑戦であり、伝統は理解するのでなく、創造性をもって伝わって行くのが本当の意味の伝統である」と語る。伊勢﨑は、備前焼が世界に誇る現代美術を目指して作陶を続けている。

伊勢﨑淳
角花生 2020年

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十四代今泉今右衛門 | IMAIZUMI Imaemon

2014年重要無形文化財「色絵磁器」保持者に認定

1962年に佐賀県有田町に13代今右衛門(重要無形文化財保持者)の次男として生まれた。今泉家は、17世紀より鍋島藩の御用赤絵師(鍋島焼の上絵付けを専門とする陶工)を代々努めた。今右衛門は武蔵野美術大学で工芸工業デザインを学び、陶芸家鈴木治に師事してオブジェ陶芸を学んだ。1990年より父13代の下で鍋島焼の色絵磁器の技術を学び、父の死去に伴い2002年に「14代今右衛門」を襲名した。父からは「伝統は継承できない」ことを指導され、それが彼の制作の指針となっている。

技法と作品

鍋島焼は17世紀に徳川将軍への献上品として造られた最高の色絵磁器で、精巧な技術と優れた意匠性、高い品格を持っている。色絵磁器は釉薬を掛けて本焼きした磁器の表面に上絵具で文様を描き、さらに上絵窯において低下度で焼き付ける技法である。今右衛門は家伝の鍋島焼の技法を中心に「墨はじき」と周囲の光を取り込む「プラチナ彩」を色絵磁器に導入して陶芸表現に新生面を開いた。「墨はじき」は墨で文様を描きその上を染付で塗ると、墨の膠分が撥水剤の役目をして染付の絵具をはじき、窯で焼くと墨が焼き飛んで白抜きの文様が現われる白抜きの技法である。

時計草文鉢は雪華文様を幾何学的に発展させたデザインである。今右衛門は、「墨はじきのように目に見えないところへの神経と手間を大事にすることをひとつの信念として取り組んでいきたい」と語り、「墨はじき」の主文様を引き立たせる脇役的な表現に敢えて手間をかけて制作するのが今右衛門の鍋島焼である。

十四代今泉今右衛門
色絵薄墨墨はじき時計草文鉢 2007年

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福島善三 | FUKUSHIMA Zenzo

2017年重要無形文化財「小石原焼」保持者に認定

1959年福岡県小石原【こいしわら】で17世紀末から続く「ちがいわ窯」を営む福島司の長男として生まれた。福岡大学を卒業後、祖父の荒次郎と父から小石原焼の陶芸技法を学んだ。その後、技法表現の研究をさらに重ねながら錬磨に努めて、小石原焼の伝統的な技法を高度に体得した。

技法と作品

小石原焼は福岡県東峰村【とうほうむら】に伝わる伝統的な陶芸技法で、16世紀末に朝鮮半島から伝えられた陶技が17世紀末に同地に定着した。小石原焼は同地から採取される鉄分を多く含んだ陶土を用いて、鉄釉、灰釉などの釉薬で打ち掛け、流し掛け、あるいは櫛目、指描【ゆびがき】、刷毛目、飛鉋【とびかんな】などの技法で装飾した飲食器や甕、壺、擂鉢などの日常雑器を生産してきた。福島善三は小石原焼の原材料や釉薬を研究し、その鉄分の多い陶土と釉薬に使われる鉄鉱石の特質に注目して、その鉄分を還元炎焼成によって深い味わいの青磁色の「中野月白釉【なかのげっぱくゆう】」を完成した。

中野月白瓷深鉢(2013)は、小石原焼の特色の青磁色と福島の造形力が見事にマッチした作品である。その他にも福島は酸化炎焼成による「鉄釉」「赫釉【かくゆう】」などの様々な表現を行なっており、小石原焼に福島善三の世界を開いている。福島は、「小石原の原料を使って、これまでにないものを作り出す」という強い信念で小石原焼の創造と継承に取り組んでいる。

福島善三
中野月白瓷深鉢 2013年

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室瀬和美 | MUROSE Kazumi

2008年重要無形文化財「蒔絵」保持者に認定

1950年東京に漆芸家の室瀬春二の次男に生まれる。東京藝術大学で六角大壤・田口善国(重要無形文化財保持者)から漆芸技術を学び、父と共に松田権六(重要無形文化財保持者)から「人に学ぶ」「ものに学ぶ」「自然に学ぶ」という創作に対する姿勢を学んだ。室瀬は松田権六の教えを基本において、自然の植物や動物の観察を通して独自のデザインを作り、古典研究を通してその精神を創作に生かし、さらに自然の眼に見えない姿を形にしていくことを生涯の課題としている。室瀬は日本伝統工芸展で創作活動を行うと共に、国宝・重要文化財等の文化財保存修理、復元模造を通して高度の漆芸技法を体得した。豊富な経験を基に日本の伝統的な美に対する解釈を深め、その作品は日本の伝統美を基層に置きながらも現代的感覚と気品が溢れている。

技法と作品

蒔絵【まきえ】は、漆芸の装飾技法の一つで、漆で描いた下絵に金銀などの金属粉で蒔き付けて文様を表す技法である。蒔絵技法の源流は日本の8世紀に見られ、10世紀以降に急速に日本独自の工芸として発展した。室瀬は、蒔絵の源流とされる正倉院宝物「末金鏤【まっきんる】太刀」を調査する機会を得て「金の粒に表情があるのが蒔絵表現の原点」と考えるようになった。「中世から近代は金粉を細かくして金色を見せたが、蒔絵は金の粒の素材感が大切である。19世紀の工芸は超絶技巧といって技を見せたが、素材を生かすことが大切で、金粉の顔が見える蒔絵をしている」と語る。

蒔絵螺鈿ハープ「西遊」はイタリア・サルヴィー社製のハープに西洋と東洋との文化交流を葡萄唐草紋様の蒔絵で表現している。室瀬は蒔絵技法を中心に貝を用いる螺鈿技法を併用し、多彩な色彩表現を取り入れており、彼の作品は現代的な感性と端正な意匠構成を特色としている。

蒔絵螺鈿ハープ「西遊」(部分)

室瀬和美
蒔絵螺鈿ハープ「西遊」 2007年

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大西顔画像

大西勲 | ONISHI Isao

2002年重要無形文化財「髹漆【きゅうしつ】」保持者に認定

1944年福岡県に生まれる。鎌倉彫を学んだ後、1974年から漆芸家の赤地友哉(重要無形文化財保持者)に師事して曲輪造を主とする髹漆の技法を習得し、その後も技の研鑽に努めて、漆芸技法を高度に体得した。

技法と作品

髹漆は漆塗を主とする漆芸技術のことで、素地の材料の選択に始まり下地の工程、上塗、仕上げ工程までを含める。素地の材料には木材、竹、布、和紙、皮革などがあり、上塗の仕上げには塗面を磨かずに塗り放して仕上げる塗立て、磨いて仕上げる呂色塗りなどの種類がある。髹漆は原始時代からある漆工技術で、現在は立体的な造形と漆の塗り肌の味わいや光沢を活かした作品が制作されている。大西の髹漆は檜材を2〜6ミリの薄い板を整えて、その板材を円形に曲げて器の素地を作る曲輪造に特色がある。素地はいくつかの部材に分けて、それぞれの素地に麻布を貼り、漆下地を施してから上塗りを行う。その後に再び組み上げて、黒漆、朱漆などの上塗を施して仕上げる。良質な材料を厳選し自ら精製した漆を全工程に使用して、素地の造形から上塗、仕上げまで一貫した制作を行なっている。大西は「木でモノを作る」ことにこだわり、「変形しない」ことが曲輪の最大の特徴と語る。

曲輪造 盛器は「髹漆」技法の特色を発揮した作品である。大西は、彼の工房の所在する茨城県大子産漆を使用し、漆は自ら精製して油は絶対に混ぜない。大西は「各段階で塗りと研ぎをきちんと仕上げ、それを繰り返すことで、漆の美しさを引き出しています」と語り、塗りと研ぎに手間を惜しまない。大西は「加飾を施さず、漆だけで仕上げる自分のやり方は正直にやっていくしかありません」と言う様に、愚直なまでに素地の造形から上塗り、仕上げに至るまで一貫した制作を自ら行い、その作品は高く評価されている。

大西勲
曲輪造 盛器 2011年
Gerald Le Van-Chau ⒸMichelangelo Foundation

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林駒夫 | HAYASHI Komao

2002年重要無形文化財「桐塑人形」保持者に認定

1936年京都市に生まれる。京都の御所人形師の13代岡本庄三(おかもとしょうぞう)に人形の制作を能面師北沢如意(きたざわにょい)に能面打ちを、母の実家で友禅染めを学び、京都の土地柄を反映した歴史や古典芸能を活かした作品を多く制作している。

技法と作品

桐塑【とうそ】人形は17世紀より続く伝統的な人形の制作技術である。「桐塑」とは、桐の木粉【もっぷん】と生麩糊【しょうふのり】で練りあげた素材のことである。弾性と粘着性があり、可塑性に富む上に、乾燥すると堅固になって木材同様に彫刻ができることから細かい造形表現を特色とする素材である。桐塑人形はまず木材を彫刻して大方の人体の形を作り、その上に桐塑の肉付けによって細かな形状を整えて、胡粉を塗り、和紙を貼り、布を貼って仕上げる。桐塑の特徴は人形に微妙な表情を与え、完成度の高い造形感覚を表現することができる。林の人形は、木彫した素地に桐塑によって微妙な表情を加えながら仕上げる桐塑人形である。林は素材や技術に雅趣を凝らすが、その姿勢は「技で作るのではなく、心で作る。私はそれを実感しながら制作している」と言う。

「月宮 女人」は王宮に使える女性が月を眺める姿である。林は「人の形を借りて、自分の想いや目に見えない何ものかを表現する」と語り、「月宮 女人」では月を見上げる女性像によって月の光を表している。林は「人形とは玩具ではなく、神を表したもの」と述べ、精神的な目に見えないものを人の形で表すことが林の人形である。

林駒夫
月宮 女人 2017年

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藤沼昇 | FUJINUMA Noboru

2012年重要無形文化財「竹工芸」保持者に認定

藤沼昇は1945年に栃木県に生まれる。1976年から竹工芸家八木澤啓造【やぎさわけいぞう】に師事して伝統的な竹工芸の技法を習得した。その後、活発な創作活動を展開しながら研鑽を積み、竹工芸の技法およびその表現を深めた。藤沼は写真家を目指していた青年時代にパリを旅行し、フランスの歴史と文化に衝撃を受けて「日本文化とは何か」を自問しはじめた。帰国後、日本文化の素晴らしさを伝える活動をしたいと自らの可能性を探り、生野祥雲斎【しょうのしょうんさい】の作品に出会い、それを契機に竹工芸の道に入った。

技法と作品

日本の竹工芸は豊富な材料に恵まれて原始時代から発達し、8世紀には中国唐の技法が導入され、15世紀に茶の湯の流行と共に日本独自の作風を示した。19世紀以降は、高い芸術性を目指す竹工芸作家が現れた。日本の竹工芸は、細く割った竹の編みと組みを併用して造形する編組物【へんそもの】と円筒形のまま竹を用いる丸竹物【まるたけもの】に分類され、素材の簡素な美しさと強靭で弾力性に富む特質を活かした作品が作られてきた。藤沼は竹の素材の選定と調製、編組、拭き漆仕上げまで幅広い工程を自ら全て行っている。また藤沼は網代編みや束ね編み、透かしの効果を活かした千筋、荒編みなどの多様な編組技法を組み合わせると共に、竹の素材を活かした独創的な作品を制作している。

根曲竹花籃「春潮【しゅんちょう】」は徳島県鳴門市の沖合に出現する渦潮のエネルギーを表象した作品である。藤沼は制作のテーマに「気」を挙げて、「竹の繊細さと強靭さを気と呼んでいる」「私の気と竹の気を合体させた時、人に何かを伝えられる」と言い、彼の作品には気を感じさせる空間の広がりとおおらかな造形感覚がある。

藤沼昇
根曲竹花籃「春潮」  2017年

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須田賢司 | SUDA Kenji

2014年重要無形文化財「木工芸」保持者に認定

1954年に東京に生まれる。父の須田桑翠【そうすい】から指物の技術を習得し、更に独自の研鑽を積んで木工芸の技法及び表現について研究を深めた。

技法と作品

豊富な樹木に恵まれた日本の木工芸は、中国大陸から木工技術が伝えられ、8世紀には現代の木工芸にも影響を与える作品が正倉院に伝えられている。

指物とは、「物差しで正確に測って作る」と言う語源があり、精密な設計が求められる木工技術である。須田は「組手」と呼ばれる板を接合する手法で箱類を多く制作している。須田は素材に楓、黒柿、桑の国産材のほかフランス産の楓を用い、これらを効果的に組み合わせて各素材の杢目の美しさと色彩を活かしている。特に小箪笥の連結部には精緻な金具を取り付けて作品に独特の造形感覚を表している。須田は器表を飾る象嵌や拭き漆仕上げ、金具の制作まで自ら手がけ、その作品は繊細で個性的である。

「銀漢【ぎんかん】」は梻の強い杢目に貝を嵌め込んで夜空の星を表した作品である。須田は「自分の仕事のランドマークとして”清雅”の二文字を意識している。この価値観は濁に呑まれず雅味のある生き方と、その反映としての作品は私の生き方と作品の標となっている」と語り、彼自身の人生と木工の創造性とを重ね合わせている。

須田賢司
梻拭漆嵌装箱「銀漢」 2009年

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大角幸枝 | OSUMI Yukie

2015年重要無形文化財「鍛金」保持者に認定

1945年に静岡県に生まれる。東京藝術大学で芸術学を学び、卒業後に関谷四郎(重要無形文化財保持者)に師事して鍛金技法を、鹿島一谷(重要無形文化財保持者)及び桂盛行に師事して彫金技法を修得した。その後、鍛金を中心とした表現や技法に独自の工夫を加えて、活発な創作活動を展開しながら技の研磨に務める一方で、東京家政大学教授として学生の育成に努めた。

技法と作品

鍛金は板状に延ばした金属を鉄床の上に置き、随時熱を加えて金属の柔軟性、弾力性を回復させながら、金槌や木槌で打ち延ばす「打ち上げ」技法、打ち縮める「絞り」技法によって器物を形成する技法である。大角は、主に銀の板金を素材に用い、金槌や木槌で打って器物を成形し、さらに鎚打によって全面に稜線や鎚目を打ち出し、その上に鏨で細かい縦横の布目状の筋を入れて、金と鉛を嵌入する「布目象嵌」による装飾を施して作品を完成させている。

大角は「移ろい行く自然の美を金属の柔らかな輝きで留めたい」と語る。大角は金属の素材に対して「金属には他の有機的な工芸素材には太刀打ちできない堅牢性と恒久性がある。儚さとは対極にあるこの性質に魅力を感じ、うつろいやすいものを永遠の存在に置き換えて留めること、限りある命を永遠に託せる存在に意味を感じている」と語っている。

大角幸枝
銀打出花器「荒磯」 2020年

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森口邦彦 | MORIGUCHI Kunihiko

2007年重要無形文化財「友禅」保持者に認定

1941年に京都市に染織家・森口華弘(重要無形文化財保持者)の次男として生まれる。1963年京都市立芸術大学日本画科を卒業後、フランス政府給費留学生としてパリ国立高等装飾美術学校でグラフィック・デザインを学んだ。パリではデザイナーとして嘱望されたが、画家バルテュスから「君は素晴らしい日本の染色を生み出す家に生まれた。家に戻って家業の友禅染を継ぐべきだ」と悟れ、帰国を決意し、父とその弟子から友禅の伝統技法を学んだ。

技法と作品

友禅は17世紀に京都で創始された絵模様染で、その特徴は防染糊による自由な描線と華麗な色彩の効果にある。友禅は餅米を主剤とする糊で模様の輪郭線を描き、輪郭線の内側を染料で彩色し、その上を伏せ糊で覆ってから刷毛で地染めを施し、最後に水洗いして糊を落として絵模様を完成させる技法である。

「雪舞【ゆきまい】」は牡丹雪が舞う情景を黒と白の幾何学文様で表現している。森口は、糸目、蒔糊などによる伝統的な友禅の技法に、花、雪、流水などの自然の姿を幾何学文様で構成し、友禅の伝統を現代に生かしている。森口の友禅に対する姿勢は「常に自分の着物の中に芸術的なものを折り込めることを考えている。その時代において前衛でありたい」との言葉に窺える。また森口は着物の機能を重視して「女性が着物を着て美しく見えなければ意味がない」「芸術とは、生きている悦びを感ずること、人間同士が時空を超えて、悦びを共有できること、そこに芸術的交歓がある」と言う。森口はアーティストかアルチザンかと問われた時、常に「考えているときはアーティスト、作っているときはアルチザン」と答える。

森口邦彦
友禅着物「雪舞」 2016年

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北村武資 | KITAMURA Takeshi

1995年重要無形文化財「羅【ら】」保持者に認定
2000年重要無形文化財「経錦【たてにしき】」保持者に認定

1935年に京都市に生まれる。若くして西陣織の現場の入り、織物組織の研究を重ねて、各種の紋織技法の研究と復元に努め、特に織の技法が複雑なために途絶えていた「羅」と「経錦」を復元につとめ、その技法を高度に体得した。

技法と作品

羅は経糸が互いに絡み合う複雑な捩【もじ】り織、搦【から】み織の組織を織りだす染織技術である。古代に盛んに用いられたが、中世以降は衰退し、近代に至ってその製作技法の復元が積極的に試みられた。織り目の隙間が透ける羅は無文の羅と文様を織り出した文羅があり、その組織は細かい網目状の網捩【あみもじ】と、粗くて籠目状の籠捩があり、さらに平組織を併用した特殊な羅がある。北村の羅には、彼が新しく創作した網捩で地を籠捩で文様を表した「透文羅【とうもんら】」と、金糸を織り込んだ羅金【らきん】がある。

「瀧川」は透文羅の技法で青色の濃淡で滝を表した作品である。北村は「糸同士の間に生まれた空間を造形したい」と羅の復元に努めた。北村の羅に対する姿勢は「技術の応用で技が生まれ、新しい技から新しい造形が生まれる。伝統は否定できないが、常に改革という気持ちで取り組んできた」「復元はするが、現代感覚のある自分の織物を創作する」との言葉に窺える。北村は複雑な伝統技法を駆使すると共に、その作品は歴史的にも芸術的にも豊かな価値と現代的感覚がある。

北村武資
透文羅「瀧川」 2015年

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佐々木苑子 | SASAKI Sonoko

2005年重要無形文化財「紬織」保持者に認定

1939年東京に染織研究家の佐々木愛子(1914-2008)の長女として生まれる。20歳代半ばに母の志を受け継いで染織家の道を志し、1965年から静岡県富士宮市の紬織工房で手織機の技術を習得し、さらに鳥取県米子や島根県広瀬で緯絣【よこがずり】の技術を学んだ。1969年東京の自宅に紬織工房を構え、紬織と絣織の技法・表現の研鑽を積むと共にアジア各国を歩いて様々な織物を学んだ。

技法と作品

紬は、屑繭を手でほぐした真綿から手紡ぎした糸で織られる丈夫な織物で、糸作り、糸染め、柄行き共に素朴で、人の手のぬくもりを感じさせる独特の素材感がある。紬織の歴史は古く、12世紀の文献史料に登場するが、近年、紬織の素材感と伝統的な加飾技法に注目する織物作家が現れている。佐々木の紬織は、紬の持つ素朴な素材感と自然の植物染料から得られる柔らかな色彩による制作に取り組んできた。その作品は伝統的な紬織の文様にとどまることなく、絵絣の絵模様を組み合わせて新しい紬織を確立した。絵絣は、緯糸【ぬきいと】と経糸【たていと】を組み合わせて絵模様を織り出すもので、複雑な織模様の設計と緻密な計算を必要とする。佐々木の紬織は、紬の伝統を踏まえながらも抽象文様と写生に基づいた具象文様を交錯させた絣文様を作り出し、紬織に新しい価値と創造性をもたらしている。

「翠影【すいえい】」は、山奥の深い緑に囲まれた水辺で水禽が遊ぶ情景を描いたもので、佐々木の作品にはしばしば鳥が登場する。
佐々木は「鳥は何処にでも飛んでいくことが出来て、日常性から解放された自由さがある」「自己の内面性を投影した創作絵絣を作る」と述べ、自然の植物染料の柔らかな色彩は「植物の生命をいただいて染める」のである。

佐々木苑子
紬織絵絣着物「翠影」 2018年

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開催情報

 

 展覧会名 HOMO FABER, 12 Stone Garden 深澤直人と12人の人間国宝
会期 2022年10月28日|金| – 12月11日|日|
会場 MOA美術館 展示室5~6
主催 MOA美術館、ミケランジェロ財団、日本工芸会
後援 読売新聞社
協力 一般財団法人 THE DESIGN SCIENCE FOUNDATION

HOMO FABER について詳しくはこちら